| * 往路MU−522便と復路MU−521便は上海経由となる。又、JL−5259便/往路とJL−5262便/復路とアラアンス。 |
地上費/参考料金
| クラス |
利用ホテル |
2名〜5名 |
6名〜9名 |
10名以上 |
シングルサプリ |
| 3星 |
西安含光門大酒店or
西安鐘鼓楼飯店クラス |
洛陽航空城商務大酒店or
洛陽凱芙特大酒店クラス |
¥36,000 |
¥31,600 |
¥25,300 |
¥12,500 |
| 4星 |
西安東方大酒店or
西安唐城賓館クラス |
洛陽牡丹城賓館or
洛陽牡丹大酒店クラス |
¥38,000 |
¥33,000 |
¥27,000 |
¥14,500 |
| 5星 |
西安国際金石大酒店or
西安長安城堡大酒店クラス |
洛陽雅香金陵大酒店or
洛陽華陽広場大飯店クラス |
¥42,500 |
¥38,000 |
¥29,000 |
¥18,500 |
日期:2009年1月 〜 3月(連休を除く)
人員:2名様以上
内容:宿泊(2名様1室利用)、送迎、案内(トランスファー&ガイド)、記載各食事、税・サービス含む
注意:* 参考料金(地上費)となります為、お問合せ下さい。直ちに見積を致します。
* 西安は2箇所、洛陽では1箇所のショッピング御案内となります。
備註:このツアーは洛陽中国国際旅行社(CITS)提供案内となり、潟_ルマツアーセンター東京が代理手配受けとなります。
また、AIR(エアー)の手配受けも致します。 |
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| 大雁塔は高さが64メートルもあり、最上階から西安を展望できます。大雁塔は則天武后の長安年間(701−704)に大改造を行って十層になりましたが、その後の戦乱などで七層から上が崩壊してしまいました。現在の塔は煉瓦造りの七層で、高さ64m、中に螺旋階段があり、階段は碑と漸く擦れ違うことができるほどの幅ですが、最上階まで登ることができます。また、各層には正確に東西南北の四方に窓が開いています。小説「西遊記」の三蔵法師のモデルと言われる玄奘がインドから持ち帰った経典が保存されています。 |
青龍寺 唐の時代にはかなり有名な寺院であり、日本との縁も深い。著名な「入唐八家」のうち、六名の僧侶がここで仏教を学ぶ。最も有名なのは空海であり、空海はここで恵果法師を師として密宗を伝習した。1981年、日本仏教界は青龍寺の境内に、空海記念堂と空海記念塔を建立。 |
興慶宮公園 唐代三大宮殿の一つである興慶宮跡地に造られた公園。勤政務本楼の遺跡は、玄宗皇帝が詔勅を公布したり、公式の宴会を行ったり、外国の賓客と会見したりするところで、楊貴妃を住まわせたところでもある。玄宗皇帝と楊貴妃が遊んだ沈香亭、中秋の名月を愛でたという花萼相輝楼などが復元されている。 |
慈恩寺 648年、唐の第三代皇帝高宗李治が亡くなった母、文徳皇后の慈恩を追慕し高宗の皇太子時代に立てられた。
大雁塔と併設され「慈恩寺大雁塔」と言われています。 |
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少林寺 中国古来の拳法は、「南拳」「北拳」という言い方があります。「南拳」は湖北省にある武当山の拳法を指し、「北拳」の発祥地が洛陽の少林寺を源流としています。中国の拳法カンフーは、古来、身を護る手段として僧侶たちが習い始め、日本では少林寺拳法としてよく知られている「少林拳」が基礎でした。これは唐の太宗の時、僧曇宗ら13人が太宗皇帝のボディーガード、身の安全を護る役目を果たし、その功績で少林拳の名声が全国に響き、北拳の正統な元祖となったした事です。
洛陽から高速道路が完成し、車で約50分で行かれます。又、数々の映画が撮影され、ジャッキーやジェットリーも訪れる |
塔林 少林寺を出て少し行ったところに、塔林と呼ばれる墓所がある。敷地内に200基以上そびえる塔は、少林寺歴代和尚の墓石である。その人の人気に応じて大きさが、徳の高さが層の数となる。現存するのは唐代から清代までの220数座の墓塔。邵元撰書の日本僧照公和尚塔やインド僧就和尚塔などもある。 |
龍門石窟 敦煌の莫高窟、大同の雲岡石窟と並ぶ中国三大石窟の一つ。現存する石窟は、計1352ヶ所もあり、全長は1キロにも及ぶ。洛陽市の南郊、伊河畔に建つこの石窟寺院の造営は、北魏の孝文帝の洛陽遷都にあたる494年ごろから開始され、唐代末までの約400年にわたって続けられた。この間彫られた仏像は約10 万体。世界文化遺産にもなっている。 |
関林廟 三国時代、蜀の名将関羽は呉の孫権と戦い、湖北省の宜昌近くにある当陽で敗れた。孫権は曹操に関羽の首を贈るが、たたりを恐れた曹操はその首を手厚く葬ったという言い伝えが残っている。 |
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兵馬俑博物館 「20世紀最大の発見」といわれる兵馬俑は、1974年に農夫が井戸掘りの作業中、偶然見つけました。秦の始皇帝(紀元前246〜210)の陵墓より東へ1.5kmに位置し、約2200年前秦の始皇帝が死後の自分を守るために等身大の兵馬を作らせたもので、当時の秦の軍団がそのままの形で再現されている。秦始皇(紀元前259年―前210年)は中国を統一した最初の封建皇帝である。彼の陵墓は、西安市臨潼区の東6キロメトールに位置する。 西安の最大の見所になっている。
最初の兵馬俑坑が発見されており以來、現在までもう三つの俑坑が確認されており、それぞれに1、5、3番号を編成した。 |
鐘鼓楼広場 中西北の角には5トンもある明代の古鐘が置かれ、その周囲には八卦の模様がつけられている。彩色を施され、装飾された鐘楼は、美しく雄大。鐘をついて時を知らせたことから鐘楼の名がついた。1996年9月、有名な女性建築家張錦秋の設計で、鐘鼓楼広場が建設され、西安市民の憩いの場、旅行者が西安を知る最適のスポット。 |
秦始皇陵 中国史上初めての皇帝の陵園である。1987年、「世界遺産目録」に登録される。「史記」の記載によると、秦の始皇帝は即位後、驪山のふもとで彼の陵墓の築造を始めた。紀元前221年中国を統一したあと、築造工事をいちだんと拡大し、職人や服役者を70万人を駆集め38年にわたって築造した。
陵墓の地下宮殿の真中は秦の始皇帝の柩をおくところである。 |
華清池 華清池は西周の頃から知られた温泉で、秦始皇帝をはじめ歴代の皇帝がこの地に離宮をかまえた。西安東郊の驪山山麓にあるこの華清池は、玄宗皇帝と楊貴妃のロマンスの舞台としてに知られている。 |
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| 西安長安城堡大酒店/ANAグランドキャッスル |
洛陽雅香金陵大酒店/ヤーシャン ジンリン |